親愛なる皆様
お元気ですか。


●今日の教訓(松下経営哲学)

「経営理念が確立できれば、その事業は半分成功したようなものや」

 幸之助は、事業成功の三原則を、次の三つと言っています。

 一、 絶対条件 経営理念の確立 50パーセント
 二、 必要条件 個性を最大限発揮できる環境条件 30パーセント
 三、 付帯条件 戦略・戦術 20パーセント(戦術は好きなようにやったらいいと。

                             木野親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の365日)


1)
一昨日から名古屋センターで特別基礎コース(SA)を開催しています。
再受講の経営者の方々が7名参加されていますが、何事も継続が大事ですね。
私は「オリテーション」で、すべての人生や企業経営の成功の源泉は「気づきの能力」であり、
その気づきさえあれば「今苦しんでいる人も大丈夫ですよ」と、お伝えしました。


2)
熊本経営研究会の講演に行った折、蒲島知事と話し合った時、
「自分は小学校の時に家が貧乏で新聞配達しました。
 28歳でハーバード大学に行き、51歳で東大の教授になり、61歳で熊本県知事になりました。」
というお話しに非常に感動しました。お人柄も誠実で、非常に爽やかな気持ちになりました。


3)
今年の名古屋センターのスローガンは「チャレンジとイノベーション・一人一人が経営者」です。
日本創造教育研究所は「経営革新(イノベーション)」をテーマにしていますが、
経営革新には、社長一人の力では出来ません。全員の気づきの能力を磨かなければならないのです。


4)
新商品やヒット商品の開発も、ちょっとした「気づき」から始まっています。
よく「アイデアがない」といいますが、アイデアとは「気づきの力」があってこそ生まれるものであり、
どの企業も「経営的気づき」を磨くべきです。
ヒットしても短命に終わるのは、リニューアルの失敗であり、改善だけでは難しいことです。


5)
スマートフォンの世界シェアは、首位のサムスン電子と二位のアップルがシェアを落とし、
中国勢が猛追してシェアを伸ばしていますが、日本勢は10位以内にも入っていません。
技術立国は日本人の驕りだけであり、日本はかなり遅れています。


6)
パソコンの国内出荷台数は、2011年度が約1,127万台に対して、2016年度は約697万台と大幅減少しました。
大変お世話になったNECは、2000年度の売上高がピークで5兆4,000億円を超えていました。
しかし、今は約2兆6,000億円です。


7)
企業経営も人生も、気づきの力以上にはうまくいません。
社長に気づきがあっても、 幹部や現場社員さんに気づきがなければ経営革新は無理です。
今回は改めて、基礎コース(SA)でお伝えしている気づきの大切さを感じました。


8)
日創研の事業目的は、あくまでも中小企業の活性化ですから、さらに体系化しなければなりません。
そのためには、一人当たりの生産性アップなどに取り組んでいかなければならないのです。


9)
さて、毎回、色々な研修を行なわさせて頂いていますが、基礎コース(SA)ほどやり甲斐のある研修はありません。
以前ほどは厳しくはありませんが、肝心なところでは、明確にお伝えさせて頂いています。


10)
初日の講義の最後のまとめでは、
「会社の陰口を言わない」「社員をもっと信じる」「真剣に経営する」と、本音で申し上げました。
毎回思うのですが、社長と幹部と社員さんがお互いに信じ合えば、もっと良い会社になると思います。


11)
「たこ満」の平松社長様にも、社員様をご派遣頂きました。
先般、松原社長が担当した「たこ満視察セミナー」は、「来年は幹部と一緒に参加したい」というお声を頂戴しました。
やはり、社長の一念が大事です。
平松社長の地元の浜松経営研究会の会員さんも、平松社長の人格の高さは別格だとお話しされていました。


12)
また、マツザワホールディングスの松澤社長のご子息もご参加です。30歳で海外営業担当をしています。
現在、梅原講師の実践後継者育成セミナーに参加して、後継計画書の作成を学んでいますが、非常に前向きです。
どんどん世代交代が進みますね。私の気分は40歳ですが、体力は年齢相応のようで気をつけています。


13)
たくさんの方々にご派遣を頂きましたが、本当に心よりお礼を申し上げます。
日創研の研修は、個人にフォーカスはしません。
個人と組織の統合をどのようにするのか?可能思考教育や職能教育を、さらに効果的にどう促進していくのか?
皆様の業績が上がってこそ、我々の存在価値があります。「会員企業様100%黒字」のビジョンに社員さんも共鳴してくれています。


14)
初日の夜は、毎年恒例で日創研経営研究会の東海ブロックの役員の皆様方との懇談会を行ないました。
三河経営研究会の八木会長の会社では、講師派遣の社内研修を開催して頂いたり、
静岡経営研究会では、大友講師の「TA研修」の例会開催を決定しています。
佐藤ブロック長、南副ブロック長、溝俣副ブロック長を中心に楽しいひと時でしたが、全員の方々にお礼を申し上げます。


15)
人間の差は能力の差ではなく「努力の差」だと申し上げました。
しかし、努力をしても成功しない人がいます。うまくいかない原因は、努力の方向が間違っているのです。
先に理念・志ありきなのです。

多くの方々にお育て頂いた日創研です。
「高尚な目的は滅私の姿勢を引き出し、イノベーションを刺激し、忍耐を奨励する」

ゲイリー・ハメル教授のお言葉が心に突き刺さります。
滅私の姿勢が私の課題だと反省しながらの基礎コース(SA)初日でした。

田舞徳太郎

親愛なる皆様

お元気ですか。


●今日の教訓(松下経営哲学)

 如何なる不況の中にも成功が潜んでいるものです。
 ただ我々にはどこにあるかを知らないだけです。

 幸之助は、内なる志と社会の要請が一致すれば、
 そこには不景気も景気もないと確信して、
 世界の大恐慌の時も、逆に成長発展をしていったのです。

                             木野親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の365日)


1)
東京センターで、第10回目の全日本マネジメントコーチング協会の全国大会を開催しました。
今回は築地玉寿司の中野里社長の素晴らしい講演をお聞きしました。
頭が下がるような思いとはこういうことだと思いました。


2)
今年に入ってからも、社長塾の講師の皆様方や、田舞塾の講師の皆様が最高に素晴らしいです。
関家具の関社長、ハウステンボスの澤田社長、徳真会の松村理事長、商品開発の鈴木さんなど、連続で深く深く学ばせて頂きました。


3)
講師の皆様全員のお言葉に感動するだけではなく、成功に至るまでの「心の戦い」と、
それを乗り越えて実績を作っておられるからです。
苦難の連続であり、それをものともせぬ前向きさで「乗り越え」「やりぬき」続けて来られたからです。


4)
今回の「築地玉寿司」の中野里社長ご講演にも、本当に感動しました。
まだお若いのに、彼は田里亦無先生や伊與田覚先生のいう「一の世界」にすでにたどり着き、
「容赦のない体験」を乗り越えてこられました。このメールも興奮しながら書いています。


5)
築地玉寿司さんは、本年で創業94年目を迎えられます。90周年記念式典には万障繰り合わせて参加しました。
中野里社長は23TTコースを卒業され、店長さんは全員が実践コース(PSV)まで終わっておられます。


6)
中野里社長のご講演に感動したもう一つの理由は、私が中野里社長のお父様にご恩を感じていたからです。
渡辺英幸先生の勉強会でも、中野里社長のお父様には色々とお教え頂き、
毎月、大阪から幹部を連れて「築地玉寿司」さんの視察をさせて頂きました。


7)
それだけではありません。新業態を開発(鮨屋のイノベーション)され、私もその業態のお店を出すべく、
お教えを乞いに出掛けたのと同時に、お願いをして「お店の設計図」までお借りし、見事大繁盛しました。


8)
「久敬(きゅうけい)」という言葉が論語では出てきますが、一度敬った人には生涯「久敬」を破らないと言う意味です。
自分が成功してくると、あるいは親しくなり過ぎると、我々はつい「久敬」を忘れて、気安く振舞うようになります。


9)
単純に申しますと、田里亦無先生・小島直記先生・伊與田覚先生も、私の言動態度を観察され「久敬」を試されていたと思います。
田里亦無先生は、私が日本創造教育研究所を設立すると、
私が毎月通っていた鎌倉から、わざわざ大阪センターに来て下さり、毎回、講義の後は私の自宅にお泊り頂きました。
子供のように可愛がって下さいましたが、私は亡くなるまで「久敬」を崩しませんでした。


10)
小島直記先生も代表発起人として住まいを日創研の近くに移されて、ご夫婦で応援下さり、色々な事柄をご教授頂きました。
当時、松下電器産業で取締役の序列26人中25番目から社長に抜擢された山下 俊彦社長(当時)と、
小島直記先生の三人で毎年12月に忘年会をさせて頂きました。


11)
すべては、小島直記先生の人脈であり、私はいつも6時間正座したまま、囲碁の対局を見つめ、食事会をご一緒しました。
足はしびれ、腰は痛み、背中まで痛みが走りますが、「久敬」を失っては「人間」を見られるのです。ジッと耐えた事を思い出します。


12)
伊與田覚先生には、一度もお叱りを受けたことはありませんでした。
しかし、「久敬」を守れるか否かが問われる毎回の社長塾でした。
もちろん、媚びを売ることは最悪であり、下愚の謗りは避けられません。世の中に通用するのは誠だけだと思います。


13)
そういう意味で、中野里社長のお父様は我われ寿司業界の先駆者であり、色々とお世話になった方でした。
12年前、社長幹部塾で、東京センターに数名でご参加されました。暗い雰囲気でしたが、ディスカッションの折にテーブルまで行ったのです。
名札をみると「中野里」と書いてあり、滅多にないお名前なので、「あのー、もしかしたら玉寿司さんですか?」とお聞きしました。


14)
それが中野里社長との最初の出会いであり、先代にどんなにお世話になったかと、詳しくお話しながらおつきあいが始まりました。
資金的にも精神的にもかなり苦しまれた時でしたが、基礎コース(SA)を受けた後に、可能思考教育を導入する決意をされました。
なかなか言い出せずに、すし職人の「宮田さん」を映画に誘われたのです。


15)
映画を見終わったあと、「社長、何か言いたいことがあるのですか?」
それが、日創研の可能思考教育の導入のきっかけとなったのです。
宮田さんは熱心に中野里社長の念いを伝え、徐々に広がり、マネジメント養成6か月コースなど、
次々と様々な色々な研修を学び、今回も「宮田ファン」がたくさん集まって下さいました。


16)
中野里社長はアメリカの大学を出て帰国し、27歳で玉寿司に入社しますが、会社の実態を知ることになるのです。
78億円の負債を聞かされ、中野里社長は一時的に絶望に陥りますが、アメリカで培われた起業家精神に火を点けたのは当然です。


17)
可能思考研修は、ある面、目に見えないものです。
すぐに効果が出るものではなく、「まさに、いざ!」という時に潜在意識から湧いてくるのです。
起業家精神も同じで、普段は必要ないのです。
中野里社長には、無理をお願いして月刊『理念と経営』の「逆境!その時経営者は・・・」にご登場頂きました。


18)
やはり、成功する人の特徴は自分を飾らないことです。
質問に対して、
「私は承認をもらうために努力したのではありません。ご先祖様、祖母、祖父の歴史を繋いでいきたかったからです。」
多くの現代人が「承認を求める為に、見せる努力」をし、部下に媚びたり、自分を「良い子」に見せて生きています。


19)
しかし、彼は祖父祖母父の三代の写真をパワーポイントで映し出しながら、
「玉寿司の歴史を守りたいの一念でした!」と述べられました。
私は幾度かお聞きしていますが、涙が止まりませんでした。
社長就任が30歳、78億円の負債を、あえて「引き受ける覚悟」を決めた瞬間でした。


20)
お父様もご立派です。要石(かなめいし)と捨て石のたとえ話をして、家も手放す、名誉も手放す、これを捨て石にする。

しかし要石は、
1.暖簾の信頼
2.社員さんを守る
3.お前という後継者がいる

上手に逃げ道を作って、人様に迷惑をかける生き方ではなく、潔く丸裸になってやり直す覚悟を親子でするのです。


21)
ここからが中野里社長の本当の戦いの始まりでした。
今回はお話をされませんでしたが、全店舗を回り、全員に頭を下げて回られました。
デペロッパーからの契約打ち切りの通告は、中野里社長の心を引き裂こうとしました。
しかし、彼はめげなかったのです。腹が据わると強いのでしょう。と同時に、やはり起業家精神の発揮でした。


22)
しかし、「積善の家に余慶あり、積不善の家に余殃(よおう)あり」です。
中野里さんを毛嫌いしていた行員が、必死で努力する彼に奇跡的に「手」を差し伸べてくれたそうです。
絶体絶命の難を救われた時、路上でパフォーマーする人の光景を見ながら、
目にいっぱい涙をためて、次の策を考えたそうです。


23)
うれしかったのは、中野里社長が苦しかった時に、

「中野里さん、荷物が重たいのではないよ。自分の力が足りないのです。
 力が出来たら荷物は軽くなり、自分の力不足が笑えるようになる。10年後にそれが大きな財産になりますよ・・・」と、
 私が言ったことを覚えて下さっていたことです。


24)
日創研の創業で苦かった時、創業メンバーの坂東君・川本さん・檜山君・湯ノ口君・松原君で、
実践コース(PSV)教材用のカードを作りました。
「荷物が重たいのではない。力が足りないのだ」という言葉は、
孔子さまの弟子が、愚痴をこぼした時の孔子さまとされる言葉の引用です。


25)
中野里社長にそのようにお伝えし、
語源は、孔子さまが、途中で色々な言い訳をいう弟子に向かって、
「力なき者は中道にして廃す。今、汝は画(かぎ)れり」と語った時のものだと伝えました。


26)
本当に今回の全日本マネジメントコーチング協会の全国大会は感激しました。
籠田さん、横手さん、日高さん、湯ノ口君、パネラー、コーディネーターの皆様、ありがとうございました。
折しも、当日は東京都議会選挙の投票日で、結果が出ました。スペインの哲学者ホセ・オルテガのいう「大衆の反逆」です。


27)
自民党の圧倒的な敗北は何を語るのでしょう。我々は安易に考えてはいけません。
日本はどこに向かうのか?
精神的貴族の志をを失った指導層には、大衆も反逆するのです。逆も真なりです。
この点は、Theマスターコミュニケーション6か月プログラム最終講で、きちんとまとめます。


28)
玉寿司さんは、第19期田舞塾でケース・メソッド授業をさせて頂きます。
中野里さん親子に感謝申し上げますと共に、
今日も、生きている甲斐を強く感じさせて頂きました。皆様に感謝です。

田舞徳太郎
 

親愛なる皆様
お元気ですか。


●今日の教訓(松下経営哲学)

 如何なる不況の中にも成功が潜んでいるものです。
 ただ我々にはどこにあるかを知らないだけです。

 幸之助は、内なる志と社会の要請が一致すれば、
 そこには不景気も景気もないと確信して、
 世界の大恐慌の時も、逆に成長発展をしていったのです。」

          木野 親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の365日)



1)
先週末に経営革新戦略セミナーを開催しました。
メイン会場の大阪センターから、全国10か所へ生中継での開催でした。
研修の中でもお話しましたが、すべて幹部で企業経営は決まります。


2)
いかに幹部を常日頃から育て上げることが大切か?誰が真に稼ぎ出しているのか?
スタンフォード大学時代の学びの記録はまだまだ残っていますが、日本ではまだ扱っていない理論もあります。


3)
私がシリコンバレーに行ったのが1998年ですから、一部のごく僅かをのぞいて、自分の理論を築いた学者は日本に少ないようです。
特に、経営学や組織論などは、ほとんどがアメリカの学者が築いたもので、日本でも理論の伝達者は多くいますが、
自分の理論を築き上げたのは、一橋大学の伊丹敬之先生・大阪大学の三隅二不二先生・KJ法の川喜多二郎先生など一部です。


4)
三隅先生には、青年会議所時代にPM理論を学びましたが、日創研創業の年に研究アンケートを頼まれたりしました。
働く事の意味や、仕事観セオリーなどはTTコースで活用させて頂いていますが、今でも日々毎日が学びの連続です。


5)
経営革新戦略セミナーでは、
リーダーの戦略・チャレンジャーの戦略・フォロワーの戦略・ニッチャーの戦略を講義し、
いかに経営革新が重要かを理解頂けたかと思います。


6)
大阪センターや福岡会場は満員になり、少しご迷惑をお掛けしましたが、会場選びがいかに大切かを学びました。
なるべく「利便性の高い会場」を判断基準にしていましたが、映像や音声が最大重要だと思いました。


7)
福岡会場は、音声が一時的に聞き取りにくかった場面や、映像が見にくかった場面もあり、
GEのジャック・ウェルチ前CEOと、ジェフリー・イメルト現CEOの経営革新の講義の時に乱れ、
再度20分やり直し講義をしました。同じ話は通用しませんから、少し異なる話をしました。


8)
とにかく、アメリカの経営革新はダイナミックです。
イメルト現CEOは7月末にCEO職を退任されますが、
スピードと挑戦を重要視する「ファストワークス」などは、ジャック・ウェルチさんと同じように評価されるでしょうね。


9)
人間の脳は不思議なもので、経営革新のモードになると、過去の記憶に深く深く入り込みます。
予定していなかった記憶がどんどん蘇り、キーエンスや日本電産などは、
我々が忘れた起業家精神がいっぱいで、参考のエピソードがたくさんあります。


10)
まさに、キーエンスの滝崎武光創業者も「モーレツ人間」で、起業家精神の塊りのような方です。
永守重信会長兼社長が創業者の日本電産は、創業時からの「モーレツな仕事ぶり」は日本人の宝だと思います。


11)
京セラの稲盛和夫創業者は、「世のため人のために尽くす」ことが人間としての最高の行為と、
利他の心を持った高い志が成功を創ったのです。
創業当時は寝る間も惜しんで仕事をし、右腕の伊藤謙介さんなどは、
仕事に熱中するあまりに東京オリンピックがあったことも知らなかったのです。


12)
経営革新には、社長だけではなく、幹部さんも社員さんも起業家精神が絶対に欠かせません。
ゼロから一を生むだけが起業家精神ではなく、何ごとも責任を自らが負担する勇気を持つことも起業家精神なのです。


13)
日本の最大の財産は「人間」です。
資源もない、技術もどんどん後進国化している日本を救うのは、
「ジャパン ウェイ」の起業家精神を持った「人づくり」しかないのです。生産性を上げるのは不可欠です。


14)
次回から「経営革新戦略セミナー」は、松原社長に講師を担当してもらう計画です。
それだけに、私が担当するのは、初めてであり最後です。
あの人に聞いてもらいたい。そして、それらを日本の中小企業に啓蒙してもらいたい。
単に自社の経営革新だけではなく、我々の先人が築き上げた「ジャパン ウェイ」「起業家精神」を、
次の世代に伝えていかなければなりません。


15)
全国で600名という多くのご参加を頂きましたことにお手を合わせる感謝の気持ちと、
起業家精神を失っていく日本の将来が気になります。
我われ指導層の努力不足も反省です。


16)
「物に本末有り、事に終始あり、先後する所を知れば道に近し」伊與田覚先生のお声が聞こえるようです。
経営革新に挑めば未来を切り拓くことが出来る。沈みかけた日本に、日をまた昇らせましょう。


田舞徳太郎

親愛なる皆様
お元気ですか。


●今日の教訓(松下経営哲学)『道に叶った事業は成功する』

「幸之助はいつも言っていました。「事業というものは、
 その道に叶ったら、無理なくいくものだ」と。

 道に叶うということは、何が正しいかということであり、
 どうすれば皆が幸せになるかということです。

 幸之助の哲学です。これが、王道の経営です。

 王道の経営、人間主役の経営、人間に光を当てる経営に徹したとき、事業は成功するのです。」

                                             木野親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の365日)


メールの返信が出来ていません。お許しください。
経営相談は浜本までお願いします(06?6388?7741)


1)
お久しぶりです。連休明けからTheマスター・コミュニケーションの第4講でした。
大型連休中は5月2日から5日間、箕面「学問の道・時習堂」で過ごし、新緑の中でくつろぎました。


2)
黄緑から白緑(びゃくりょく)へ、そして真緑へと、新緑が恐ろしいほどの速さで変化していきます。
時間は止まっているようで、凄い速さで変化しているのが、この明治の森・箕面国定公園では痛感します。
閑とは通常「かん」と読みますが、「自分に戻る」とか「自分を取り戻す」という深い意味を持ちます。


3)
皆様方のご支援のお蔭で、このような休暇は生まれて初めてとれるものです。
瀧まで毎日歩き、瀧の前に座り、読書三昧でした。
取締役や幹部は、シリコンバレーで8名がしっかり学んできて帰国しましたが、かなり、新しい発見があったようです。
スタンフォード大学の高橋明希さんや、シリコンバレーのマーク加藤さんに感謝申し上げます。


4)
さて、Theマスター・コミュニケーション第4講では、一つのテーマに絞っての講義でした。
繰り返し繰り返し「自社内をどう善循環」させるか、特に「思考様式」「思考の質」についてはくどいように話しました。
マザー・テレサは、
「思考に気をつけなさい、いつか言葉になるから、
 言葉に気をつけなさい、いつか行動になるから・・・」まさに言う通りだと思います。


5)
今回は最後に「人生観」について発表して頂きました。その人が人生についてどこまで深めているかが言葉に出てきます。
思考は現実化するとは、ナポレオン・ヒルの言葉ですが、
今回の長嶋さん(個別教育Can社長)飯田さん(30TTファシリテーター)の、お二人の発表には涙が出ました。
真剣に生きているから、それが言葉になり声のトーンになり、すべてになるのです。


6)
前回は「仕事観」について、羽石さん(30TTファシリテーター)、
北九州の飯野さん(日創研経営研究会の本部理事)も感動でした。
お二人とも、企業経営にはご熱心で、単なるお金儲けではなく高い志で仕事をされていると、強く感じました。


7)
前々回は「人間観」について、大秦哲平君(息子のような存在)、元田さん(美容室キャパ社長)は、
どうしていいのか容量も得ぬまま指名させて頂きましたが、一所懸命に発表して下さいました。
おおよそこの三つの価値観は思考の質と深い関わり合いがあります。
発表して下さった皆様に、お礼を申し上げます。


8)
三つの価値観は、Theマスター・コミュニケーションの一つのゴールであり、
自らの価値観にどのように気づいて、それを深め、広め、高めるか?
社長として幹部としての重要なポイントの一つです。ここで全てが決まると言っていいでしょう。


9)
人間は、その人の価値観通りに判断し、すべての舵を切ります。浅い人はそれだけの人間なのです。
話す人の、お一人おひとりを観察していると、言葉ではなく、態度に顕れ、姿勢に顕れ、表情に顕れ、すべてに顕れます。
実は、そうした無意識のことが10年後を作るのだという意味で、
ドラッカー博士は「すでに起こった未来」と、未来を過去形で伝えています。


10)
孔子さまは、その人の本質や人間性を見る時に、下記の3つの見方を教えてくれます。

「其の為すところを以(もっ)て視(み)、由(よ)る所を観(み)、その安らぐ所を察(み)れば、
 人焉(いずく)んぞかくさんや、人焉んぞかくさんや」


11)
「為す所を以て視(み)」とは、
 その人の外面に顕れた行為の善悪や正邪のことです。これは目で視える、というのです。

「由る所を観(み)」とは、その人の行為の動機は何かを、とくと見極めることと述べています。
 つまり、人間観、仕事観、人生観とが動機になります。

「その安らぐ所を察(み)れば」とは、さらに一歩を進めて、
 その人の行為の落ち着くところはどこか、何に満足する人かを察知しなさいという教えです。


12)
中には重く受け止め「自分がどう生きてきたか、今後どう生きたいか!」を真剣に話す人、涙を流す人もいました。

マザー・テレサも
「行動に気をつけなさい、必ず態度になるから。
 態度に気をつけなさい、必ず行動になるから。
 行動に気をつけなさい、必ず習慣になるから」
我々の良い習慣も悪い習慣も、ちょっとした思考の積み重ねで、結果に結実するのです。


13)
思考の質が、行動の質に変化します。
つまり、思考の質(価値観・智慧・考え方・志など・・)が悪いと、行動の質も悪くなるのです。
皆様方は、日創研の可能思考研修基礎コース(SA)のリーダーの条件を覚えておられると思います。


14)
リーダーの条件を、初日に講義していますが、次の手順で話をしています。
1.肯定的な解釈能力(思考の質)
2.前向きな発想(思考の質)
3.積極的な行動(行動の質)


15)
つまり、「思考の質」が「行動の質」と結びついていることを、基礎コース(SA)で30年前から講義しています。
「思考の質」が悪いと、否定的に解釈して後ろ向きの発想になり、必ずそれが消極的な行動や態度に顕れて来るのです


16)
これは単なる理論ではなく、思考の質は大脳新皮質に存在し、それが行動を司る小脳の指示で形に出てくるのです。
思考の質が悪いと、大脳新皮質が、小脳に対する指示命令を鈍くさせ、やがて大人になって悪いように習慣化してしまうのです。
業績が悪いのは、決して外部環境にあるのではなく、自分の内側にあります。


17)
結論は、人が育たないのも、生産性が悪いのも、顧客の減少も、
社長・幹部・社員さんの「思考の質」「行動の質」に原因があり、結果が思うように出ないのです。
だから、「思考の質」「行動の質」が良い習慣を持てば、タイムラグはあっても結果の質(業績)は良くなるのです。


18)
「結果の質」を求める前に、「思考の質」「行動の質」を高めなければいけません。
結果が良くて目標を達成すると、誰もが達成感を味わえるのです。
そして、人間関係や社風も達成感情がプラスに働いたり、逆に未達成が悪い感情に働き、マイナスに繋がります。
やはり、働く職場は楽しくなければなりません。
その為にも、思考、行動、結果、関係の4つの質を善循環させていかなければならないのです。


19)
Theマスター・コミュニケーションにご参加されていた方の中には、
シリコンバレーから帰国して、そのまま日創研に直行して二日間学ばれ、
今日からの30TTのファシリテーターを務めて頂く方もおられます。
この場を借りてお礼を申し上げます。


20)
東京の「ケース・メソッド授業で学ぶ幹部育成セミナー」も定員通りで始まりました。
教育ケースご提供者の皆様方に感謝申し上げます。
日創研は、一昨年より「幹部教育」に力を入れて、30TTには3人も参加させています。
正直多忙な中で躊躇しましたが、5年先を見据えた、松原社長や取締役の決断です。
今年は全員が基礎コース(SA)再受講を行っていますが、毎週、どこかで「気づき」を深めています。


21)
6月からは「社長幹部塾」が始まりますが、企業は現場や幹部が主役であり、彼ら彼女たちの育成が特に求められます。
良い企業様には、必ず「良い幹部」が育っています。
だからこそ、幹部育成は急務です。現在の幹部の次の幹部育成が必要です。


22)
一人当たりの生産性を高めなければいけませんし、人の定着を高めなければいけません。
その為にも、企業のメンテナンス機能と、タスク機能の両面が求められてくるのです。
6月24日、25日は、ビジネスモデル改革の「中小企業のための経営革新二日間セミナー」を私が行ないます。(11カ所のサテライト会場)


23)
ドラッカー博士は、「すでに起こった未来」という、非常に意味深いお言葉を述べておられます。
今日一日をどう過ごすかで、10年後は決まってしまう。
どう人を育てるかで10年後の未来は決まった、と述べているのです。(かつて過去が現在を決定したようにです。)
もう一度、ドラッカー博士の「すでに起こった未来」という言葉を噛みしめて下さい。

存在しているか、消えているか、すでに「起こった」のです。

田舞徳太郎

親愛なる皆様
お元気ですか。


●今日の教訓(松下経営哲学)

 「一つの失敗の後ろには、数えきれない成功の可能性があったのだ」と、
 幸之助はよく言っていました。

 なぜなら、「失敗とは『宇宙根源の法則』に乗っていないから」なのです。

 「夢見る力があるかぎり、きっと何かが助けてくれる」と、
 素直な心になって生きたのが幸之助でした。
 素直な心で、「宇宙根源の法則」に乗ればすべての生命を輝かしてくれて、
 目の前を明るくしてくれるのです。」

                            木野 親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の365日)

1)
ビジョン経営沖縄セミナーから帰って、締め切りの原稿を書き終え、京都・社長塾の準備をしました。
日曜日には明治の森・箕面国定公園内にある箕面「学問の道・時習堂」に行き、
伊與田覚先生の顕彰所で憩いながら、じっくりと「講義の構想」を練りました。


2)
箕面「学問の道・時習堂」は、自宅から7分くらいの所に建立しましたが、
安岡正篤先生が昭和2年に講義をしていた、瀧安寺さんの僧堂の横に位置し、
伊與田覚先生もよくこの瀧道を歩かれたそうです。


3)
私は悩んだり挫折感を感じたりした時には、この瀧道をよく歩き、
「独りで自分の心を癒して」いました。涙を流しながら歩いた場所です。
江戸時代から栄えた観光名所で、役の行者(えんのぎょうじゃ)が切りひらいた修験場で、1350年の歴史があります。


4)
日創研創業20周年記念事業として、宿泊型の研修所「箕面加古川山荘・明徳庵」をつくり、
箕面「学問の道・時習堂」には、渋沢栄一翁はじめ、日本を代表する経営者を顕彰したり、
坂村真民先生の書や、森信三先生の書などを置いています。


5)
松下幸之助翁の書も5枚ほどありますが、平成こども論語塾などを開催したりして、伊與田覚先生の影響が大きいです。
お茶室(隣松亦無庵)もその奥につくりましたが、滋賀の福島さんに由緒ある茶室を頂戴し、移築したものです。
伊與田覚先生の書は至るところに置いています。


6)
料理旅館の音羽山荘も、同時につくりましたが、国定公園内にあるということでテレビにも再三取り上げられ山荘ウエディングも盛んです。
日曜日にゆっくりとくつろぎながら歩きましたが、新緑が最高で、疲れた体を癒してくれました。
「無為自然」という、老子の考え方が少し体で感じることが出来ました。自然はあまりにも美しく、表現する言葉はありません。


7)
さて、週明けは東京へ日帰りして大切な方と久しぶりにお食事をし、一昨日は経営理念塾の第三講でした。
サテライト形式ですから、各開催地区から発表を取りながら、経営理念の「機能的価値体系」について講義をしました。


8)
第23期起業家養成スクールの息子たちも社長と一緒に学んでくれており、すごく楽しくて、「近江商人の三代の図」についても話しました。
初代は「朝から晩まで夫婦で働く絵」、二代目は「御茶室で道楽する絵」、三代目は「犬に吠えられる光景の絵」です。
つまり、何ごとも三代は続かないよと、此の絵で幼い頃から、商人としての「有り方」を教育していたようです。


9)
帰阪してから、5月の田舞塾の教育ケースに取り掛かりました。
次回の田舞塾はハウステンボスの澤田社長に講演を頂き、
真剣に学ばれるN社長のケース・メソッド授業をハウステンボスのホテル内で行いますが、原稿をチェックしながら感動しました。
N社長は、お父さんの倒産を体験し、債務超過の会社を立派に再建されて今があるのです。初めて知りました。


10)
リフォーム事業では「県内No.1の業績」を誇り、利益も適正に出されています。友達とのご縁が大きい事と、幹部育成に力を入れておられます。
今回の経営理念塾でも、「幹部の役割り」の重要性と、幹部の育成に力を入れることの大切さを講義しました。
日創研も30年間幹部教育に力を入れてきましたが、末武専務は新卒から22年目です。


11)
さて、田舞塾は、3月がミャンマー、4月広島でした。
皆さん熱心に経営をされていますし、人材育成には殊の外、力を入れておられます。
月刊『理念と経営』では、社長力・管理力・現場力の三位一体論を11年間連載していますが、社長一人では絶対に成功しません。
特に、中小企業経営の強みを最大限活かすには、「人づくり」しかないと断言できます。


12)
N社長は色々な困難を乗り越えて、売上も順調に伸びて2店舗目の諫早市の出店も実現し、
会社はどんどん成長していきますが、それは「JACKグループ(勉強会仲間)」のお陰だと心から感謝されています。


13)
過日も、そのグループのマエダハウジングさんの前田社長(19TT卒)のケース・メソッド授業を行いましたが、
非常にお客様の信用や信頼を得られており、広島でもブランド力の高い会社様です。


14)
日創研のご紹介は、前田社長、岡山の安藤嘉助商店の安藤社長(25TT卒)のお二人ですが、二社共事業規模がN社より大きく、
会合のたびに、「会社の規模拡大と共に人材の問題が発生してくる。売り方も大事だが人材育成にも力を入れる必要がある」と、
何度も勧められたとのことです。持つべき「友」は大事ですね。


15)
しかし、お父様が作った借金を返し、なおかつ「県内No.1」の売上にした実績があるだけに、N社長にも自信がありました。
ところが、「人材育成に関する知識」がまったくなかったことと、色々と人材育成について研修を模索していた時だけに、
2015年4月に基礎コース(SA)にこっそり参加したそうです。


16)
驚いたのは、一人で行くのが不安だった為、勉強仲間だった鹿児島の川畑瓦工業の川畑社長(27TT卒)を誘っての参加でした。
福岡開催で、私の特別基礎コース(SA)に参加された時の、N社長の熱意溢れる姿は今でも忘れません。
日創研での学びがスタートし、田舞塾、企業内マネジメントコーチング、マネジメント養成6か月コースなどを続けて取り入れられています。


17)
N社長は27TT卒ですが、10分プレゼンで合格するなど、猛勉強をされました。
「我が社の問題点分析」の宿題で、自社の現状を数値化し、討議する実習を素直に社内で行われた事が、大きな気づきにつながります。
最近の経営者を見て、少し心配するのは、「現実逃避現象」があることです。ビジョンを持つと同時に「現実直視」が不可欠なのです。


18)
特に、安易な心理学等を導入すると、気分の良い事ばかりすることで「問題の存在」から視線をそらそうとします。
Theマスターコミュニケーションでは、それらのポジティブ信仰を、私は「エスケープ型」と定義しています。
N社長の素晴らしさは現実から逃げずに、社員さんの定着の悪さを素直に受け入れ、きちんと改善策を打ったことです。


19)
その後は、自主性の活動がどんどん社内で広がり、不満を述べた社員さんは、今では工務課長になり、リーダーシップを発揮しています。
1.販促委員会、2.業績アップ委員会、3.PDCA委員会などを作りますが、一番機能しているのは「社員満足委員会」とのことです。


20)
「TTが終わって2年経過したくらいから会社は改善していく」と聞いていたそうですが、
13の徳目朝礼、理念と経営・社内勉強会など、色々なことにどんどん取り組まれ、
社風改善など目に見えて変化が始まり、結果として利益が出るようになり、
同時に社員の定着率も向上していき、現在は、日創研経営研究会の会長もお願いしています。


21)
何事も「実行」することが大事だと思います。そして、どういう人を友達に持っているかも重要です。
経営理念塾では、「何故、中小企業が発展しないのか?」の講義で、「お互いがドングリの背比べ」で、
単に慰め合うような事をしているからだと、率直にその理由と原因を述べました。
別に背伸びをする必要はありませんが、自分よりも能力の高い人とつきあうことです。

 

22)
1.幹部育成は時間をかけること
2.幹部には他流試合をさせること
3.経営革新を急ぐこと
4.現在は過去の集積だということを認めること。
5.どんな困難に出遭っても努力を続けること
6.人を侮らないこと
7.社長は一年365日ハードワーク(関家具の社長)
8.絶えず「気づき」と「可能思考能力」を磨く事
9.読書の量
10.本業一筋に打ちこむこと
11.脇道にそれぬこと・・・・

経営理念塾の後に「懇談会」をもち、質疑応答をしました。その際のアドバイスです。


東京の「ケース・メソッド授業で学ぶ幹部育成6か月セミナー」は、田舞塾の「幹部版」です。
教育ケース提供の企業様の事例がすごいのです。ご提供の皆様方に心から感謝申し上げます。

田舞徳太郎

愛なる皆様

お元気ですか。

 

今日の教訓(松下経営哲学)

「幸之助は、「経営というものは自分で汗を流し、自分で吸収して、そして、自然に会得するもの」と、人一倍働いていました。

経営とは、考え、考え抜くことによって得心し、新たな行動のエネルギーを生み出してくるものです。

成功のコツをつかむまで、絶対に辞めない。やり切るということです。

これが経営者の命をかけるということだ、と教えられました。」

                     木野親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の365日)

 


 

1)皆様のお蔭を持ちまして、この3月9日で創業30年を迎えることが出来ました。心より感謝を申し上げます。我々は中小企業の活性化で出発しました。創業当初はまさに徒手空拳の日々です。悩みは薪だと松下幸之助翁は述べています。深い境地ですね。

 

2)一番は皆様方のお蔭です。お支え下さっている皆様に恩返しをしていく為にも、本年度の方針は「経営革新」と、「気づきの文化と可能思考能力の高い社風づくり」です。全員がもう一度創業の精神に戻ろうと決意しています。

 

3)我われが嬉しいのは、皆様方の会社様が良くなることです。東京の経営理念塾では、昨年29TTのR社長が、休憩中に決算書をもってこられて、何とTTコース前は経常利益率4%が、17%になっておられました。やはり、精神の進化による、人財の育成と、顧客満足度の向上が功を奏したようです。

 

4)第4次産業革命と言われるように、経営環境が激変します。まず私達自身が経営マインドを革新をして、お客様にお支えするべく「革新プログラム」を創りだしています。現在、各講師陣も夜を徹してプログラムを構築していますので、楽しみにしていて下さい。

 

5)経営マインドの革新を、先ず我々が先頭に立って行おうと、現在日創研スタッフ全員が、SA研修の再受講です。今日も修了したスタッフに色々と体験を聞いたら、実に「色々な気づきがある」ようです。喜んでくれています。

 

6)私は、常にお伝えしておりますように、絶えず準備をしておくことが大事です。アッという間に外部環境が変化しますから、このような時ほど必要不可欠なのが、可能思考能力です。

 

7)さて、過日の「人は何故辞めるのか?採用・育成・定着一日セミナー」を開催しましたが、今日は三人で参加されたA社長にお会いしました。「どうでしたか?」と感想をお聞きしたら、「すごく良かった。でもわが社では無理ですね。あれは京極さんだから、道頓堀ホテルさんだから出来るのです!」

 

8)皆様はこのA社長のお返事に何を感じますか?素晴らしいと気づきはしましたが、可能思考能力に問題があるのですね。二社の事例企業様も厳しい時があったのです。でもあきらめずにトライしたのです。

 

9)こうした事が皆様の中にもないでしょうか?あの人だから出来る!これを私はエスケープと呼んでいます。THEマスターコミュニケーションでは、人間は無意識のうちにエスケープしているのですね。気づきが浅いのです。

 

10)Aさん、日創研はね、SAの再受講運動を多忙な中やっているのですよ。結構可能思考が錆びついていますね。笑いながらお伝えしました。もちろん、A社長の顔色が変わりました。図星だったのでしょうね。

 

11)マハトマ・ガンジーも、「人がやれるものは誰もがやれる!」と述べていますが、人間の脳も錆びつくのですね。「A社長、SA研修は何時だったの?」とお聞きしたら、11年前だそうです。TTも修了しています。

 

12)つまり、我われ人間は易きに流れるのですね。ああSA研修は受けたと思った瞬間、既に学びは過去のものです。「駄目ですよ、Aさん」と、そこから真の可能思考能力と、可能思考教育の本質をお伝えしました。

 

13)研修中だったら怒鳴っていたでしょうが、研修以外は大事なお客様ですから、切々と説きました。京極さんの会社は、先代が交通事故で急死し、私も急きょご自宅に行きました。田舞塾の仲間であり、良い人でした。

 

14)京極さんの会社の事情や決算書もみていますから、正直心配しました。年商分の借金があったのです。職人さんたちも荒くればかりで、私は京極さんが後を継ぐだろうと、激励の言葉を書きました。

 

15)「Aさん、京極さんは最悪の出発jだったのですよ。Aさんはあまりそんな苦労をしていないでしょう?」と聞きました。人間は誰もが苦労を好む人は誰もいません。いたら、そういう人はおかしいと思うのです。楽がよいに決まっています。

 

16)ところが、そう簡単に許さないのが人生なのですね。人間は絶対に「逃げきれないのです」世の中が豊かになり、自分の努力以上の結果が得られる時代ですから、間接の努力を忘れています。

 

17)道頓堀ホテルさんも同じです。本当にご自分たちが驚くほどに業績も社員さんも素晴らしいのです。ところが、可能思考能力の高い経営者は、絶えず危機感を持っています。その危機感が学びに駆り立てるのです。

 

18)正権社長は、日創研・大阪経営研究会でも会長をして下さり、30TTのファシリテーターもされます。12年前にSA研修を受けられ、それを明元さんに伝えると、僕も行く!と言ってご縁が出来たのです。

今は、可能思考教育は全員が受けるように制度化され、それが終わると職能教育で丁寧に育てられます。

 

19)毎月ハローワークに通われた位定着が悪かったのです。苦労しながら顔に出さず、言い訳も言わず、辛い事やしんどいことがあっても、この道頓堀ホテルのお二人も、京極さんも乗り切ってこられたのです。

 

20)「Aさんね、うちの会社は無理だとか、自分には出来ないとか?」

「始めから「出来ない」事を前提に講演を聞いているでしょう。発想しているでしょう!」

ようやく分かられたのか?「田舞さん我が社も再受講運動をしますわ!」と言って変えられました。

 

21)今年は取締役全員が、人手が足りないところを、無理して人材育成に取り組んでいます。 全員がマインドイノベーションをしなければ、ご受講生を裏切ることになるのです。

「全スタッフ基礎コース(SA)再受講」を進めていますが、受けた後の動きや表情が違います。

 

22)日創研も皆様と同じで、ギリギリの人員で仕事をしていますが、かなり無理をしています。1年間で全員参加ですから、始めは私も無謀かと思いました。でも既に18名が受講を終えました。これからは、如何に「やり抜く力」を持った人財に育てていくかが、大きなキーポイントです。

1回目の受講時とは「気づきの深さ」が違い、思いのほか効果を上げているようです。

一昔前のSAとは全く異なり、「個人」から「組織」への研修に進化し、仕事能力とコミュニケーションが加わっています。

感想を聞くと、「知っていること・解っていること」と「出来ること・やっていることが異う」と気づいた人もいます。

気づきが行動を駆り立てますが、創業の時にはまさに勝算は五分と五分です。毎晩ねむれない日が続きました。

しかし、人間は安逸をむさぼらないかぎり、誰かが助けてくれるようになっています。人づくりは自分づくりですね。

 

「経験は最良の教師である。ただし、授業料が滅法高い」イギリスの思想家・カーライルの言葉です。

大阪センターの応接間には、サントリーの佐治さんの「やってみなはれ」の書があります。経験は生きる意味を深くさせますね。

 

田舞塾でミャンマーに行って参ります。

田舞徳太郎

 

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親愛なる皆様

お元気ですか。

 

今日の教訓(松下経営哲学)

「幸之助は、「経営というものは自分で汗を流し、自分で吸収して、そして、自然に会得するもの」と、

人一倍働いていました。

経営とは、考え、考え抜くことによって得心し、新たな行動のエネルギーを生み出してくるものです。

成功のコツをつかむまで、絶対に辞めない。やり切るということです。

これが経営者の命をかけるということだ、と教えられました。」

                    木野親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の365日)

 


1)今日は9日ぶりに自宅です。東京青梅市の吉川英治記念館を訪問し、ご子息である館長さんと打ち合わせをしました。帰宅してすぐにサウナに行き、しっかり針治療をして原稿を書いています。九日間は充実した日々でした。

 

2)多くの方々に、本当にお世話になりご支援をいただいていることを実感した日々であり、 本来なら私がしなければならない苦労を、たくさんの方々が担って下さっています。

日創研・経営研究会の皆様方,「理念と経営」経営者の会の皆様、岡山の方々、経営理念塾の皆様に感謝申し上げます。

 

3)吉川英治記念館で、貧しい環境から小説家になる夢を描いて、昭和10年から宮本武蔵の連載を始められ、まさに「時の人としてもてはやされ」た吉川英治先生にふれる事ができました。しかし、苦労をした経験のある人は「有頂天」になりません。

 

4)帰りに、吉川英治先生の書や随筆を購入しましたが、「我以外皆我が師」「朝の来ない夜はない」の書をじっと見つめながら、何か、心からこみ上げるものがありました。私はすぐに少年期や青年期を思い出す癖があり、苦難の時を忘れません。

 

5)包装に時間がかかる間、「朝の来ない夜はない」の吉川英治先生の生の書に心打たれました。単なる言語では分かっていても、実際に生の声を聞いているようで、初めて心身に沁みこみました。

 

6)少年期の苦労や孤独感や、青年期の逆境や呻きに近い体験が、「ああ、あの時が自分の夜だったのだ!」と、思わず懐かしささえこみあげてきました。まだまだ夜明けはきていませんが、更に努力をして「美しい朝」を迎えたいと思います。

 

7)私は、二宮尊徳翁の「大根と人糞」の話が大好きで、30代の頃の講演でもよくこの例え話をお伝えしました。一本の大根を育てるためには肥やしが必要であり、肥やし(人糞・苦労)を嫌がってはうまくいかないのです。

 

8)何故、私がくどいように、「安易に仕事をしてはいけない。大きな志を抱いて苦労や孤独から逃げるな!」と言いつづけているのは、この「大根と人糞」の二宮尊徳翁の考え方が根幹にあるのです。吉川英治先生も、辛酸から「朝の来ない夜はない」と述べたです。

 

9)ややもすると、どこの大学を出たとか、どんなキャリアを持っているとか、認知能力(数字で図れる能力)で評価します。現代人が忘れているのは、思いやりとか、優しさとか、真心とか、真摯さとか、努力とか、数字で測れない真の能力です。吉川英治先生の宮本武蔵は、武蔵の内面に迫っていますが、内面を育てるのは教科書ではなく実行と体験による気づきです。。

 

10)昭和19年に、青梅市の今の記念館の場所に疎開されますが、今日は吉川英治先生の原稿を書かれていた場所に座りました。見事な庭が見えて、まるで箕面「学問の道・時習堂」の隣の茶室に座っているようでした。同じお部屋にいる。不思議です。

 

11)伊與田覚先生は、生前、安岡正篤先生と吉川英治先生の話題を話して下さいました。

「赤坂かどこかの料亭で数人でご宴会をされている時、安岡正篤先生の前で固い姿勢を崩さない吉川英治先生に、

ある芸妓さんが、「いつもそんな緊張ばかりをしていると駄目ですよ」とたしなめられたそうです。

 

12)その芸妓さんの言葉からヒントを得て、「小説・宮本武蔵」の吉野太夫と武蔵の会話の場面が書かれたのだそうです。安岡正篤先生は吉川英治先生を評して、絶えず「学ぶ姿勢」を崩さなかったといいます。 吉川館長にそのことをお伝えしましたら、そんなエピソードがあるのですか?と喜んで下さいました。

 

13)又、ある書物ですが、後藤新平の記念館の起工式の日、読売新聞の中興の祖・正力松太郎が挨拶に立たれます。

「読売が苦境に立った時、私は後藤新平さんの家に行き、5万円?がどうしても足りません。何とか用立てして欲しいとお願いしました。

後藤新平さんは、一週間待てと言って、一週間後にお金を準備してくれましたが、後で知ったのですが、その資金の全額は、

知り合いに頭を下げて借りてきて、それを私に用立ててくれ、読売を救ってもらったのです・・・・・・」

 

14)その時にぽろぽろと大粒の涙を流し、泣きながら、「正力さん、僕にはそんな人は誰一人いなかった」と言ったのが、一番前の席に座っていた吉川英治先生だったのです。そんなエピソードをお伝えしましたが、館長も初耳だったようです。

 

15)昔は誰もが「人情の機微」を知り、真の信頼感や、人間関係を作っていたのですね。「信なくば立たず」の世界でした。現代は一部を除いて、多くの書物はハウツウ物が多くなり、人情の機微を描いた小説も少なくなったように思います。吉川英治先生は、苦労を重ねたが故に心が曲がっていたところもあったと評論をする人もいます。

 

16)しかし、毎日、武蔵の原稿を書きながら、自らの生き方を重ね合わせてペンを走らせ、武蔵の成長と共に、自らの成長を創り上げていったと論評する人もいます。人はみんな自らの成長を仕事と共にしていくのだと考えていますが、吉川英治文学のすべての作品には、著者の心の叫び、呻きの声が詰まっているのです。

 

17)岡山の古市さんから、宮本武蔵の「我・事において後悔せず」に関するご相談を頂いた時、すぐこの記念館に行くようにお勧めしました。五輪の書をまとめて、そのレジュメを持ってお伺いしましたが、古市さん、景山さん、上野さん、扇野さんに感謝します。館長との長い話し合いでたくさん学びました。

 

18)「何事も人に頼まれたらそれをチャンスにしなさい。田舞さんね、人生には無駄はないのですよ」と伊與田覚先生にお教え頂きました。まさに頼まれごとが、大きな学びの機会になります。人生は何かを人に与えるのではなく、人から与えられているのですね。あの時に、多忙を理由に古市さんの依頼を断っていたら、記念館行きを勧めていなかったら今日の日はありません。感謝です。

 

19)さて、第14期社長塾も昨年の人数を超えました。千葉の江口省吾社長は、電話一本でその日にお申し込みを頂き、「逆境!その時経営者は・・・」に登場したお父さんを超えるような業績を上げています。彼はTTコースのあとに、業績アップ6か月研修やマネジメント養成6か月コース等を受けて、立派な成績をつくり、現在アドバイザーです。

 

20)江口社長は小さい頃から父親の苦境の姿をみているだけに、算盤をこえた人情の機微が分かるのでしょう。土木の仕事ですが、荒くれ職人さんが「江口社長を支える!」と宣言し、理念と経営・社内勉強会も行いながら、次々に仕事の仕方を革新して、生産性を上げています。

 

21)彼は若いから「自分も行っていいのですか?」と疑問に思ったかもしれません。しかし、今の自分の力に合わせて学ぶ人は、結局うまくいきません。若い時には大きな理想を掲げて背伸びして、大いに自らに負荷をかけ難関に挑むべきです。

 

22)単なる古典を学ぶのが社長塾ではありません。伊與田覚先生は「論語を語る」のではなく、実行することを説かれました。そして、「あんたは「論語とソロバン」でやりなさい。もう大丈夫や」というお言葉を頂戴しました。今は不安で落ち着きません。必死に、「人生と経営の原理原則」を伝えていきたいと思っています。

 

明日は伊與田覚先生のご自宅に参り、先生の書斎に残っている書籍を、箕面「学問の道・時習堂」に移して、二階の部屋を二部屋と、観川亭(私の好きな作家や詩人の書を飾っていた場所)を模様替えして、伊與田覚文庫、応接間など、

先生を偲ぶ記念室の進み具合を見に行きます。

 

「なりたかった自分になるのに、遅すぎるということはないの。何事も実現するまでが、一番楽しい。もっとバラの花が欲しければ、もっとたくさんのバラの木を植えなさい。」

 

イギリスの女性作家・ジョージエリオットの言葉と、吉川英治先生の「朝の来ない夜はない」をしみじみ噛みしめています。

聖書は「はじめに言葉ありき・・・」から始まりますが、結局人間は「どんな言葉」に突き動かされるのかで決まるのですね。

田舞徳太郎

 

 

 

親愛なる皆様

お元気ですか。

 

今日の教訓(松下経営哲学)

「指導者に大事なのは、決断です。過去に引きずられてはいけない。

過去はもう帰ってこないのです。未来はまだ来ないのです。

今のこの一瞬がすべてです。今を今に、精一杯生き切ることです。

そして決意することです。決めなければ何事も成就しません。

これが出来れば、どんなことでも即断即決出来ます。」

                              木野親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の365日)

 

 

1)今日は大阪の「理念と経営」経営者の会の会議が終り次第東京に出て、ホテルに着くなりジムで歩き、歩きながらNHKの「フアミリーストーリー」を見ました。やっぱり感動です。生きることを考えさせられます。

 

2)今日は、リオデジャネイロ、ロンドン、北京の各オリンピックで、銅メダルや銀メダルを獲得した、宮崎県延岡出身の「松田丈一さん」の、両親、祖父、曽祖父、高祖父の物語です。人間の運命を痛感します。

 

3)母方の祖父は、太平洋戦争の頃、18歳で海軍航空隊に志願して入隊します。お国の為に命を捨てると決意したからです。軍服姿の祖父の写真をみながら、「松田選手」がつぶやくのです。「戦争が長引いていたら僕は生まれていないのですね!」

 

4)やはり、設備の整っていない延岡のスイミングスクールに幼いころから通い、恵まれない中で努力した人は、気づきが深いのですね。簡単なことであり、当然の事ですが、我々がこの世に正を受けるのは不思議なのです。

 

5)何気なく生きたり、苦労もなく普通に大学を出ている方々には、生きている事への感性がありません。祖父の写真をしみじみとみながら、「戦争が長引いていたら僕は生まれていないのですね!」と感じる感性が大事です。

 

6)今度の3月16日が最終回だということで、こういう番組を何故やめるのか、実に勿体ないですね。延岡の方々が、スポンサーがいなくなった時に、全員で応援するのです。鉄工所の社長が名乗りを上げます。理由は、ビニールで囲いをしたプールで、明けても暮れてもオリンピックの夢をみて努力をしていた少年期をみているのですね。

 

7)人間にとって何が一番大事かといえば、常日頃の努力です。とくに人が見てない所でどれだけ努力するかが重要です。二宮尊徳翁は、「桃栗三年、柿八年というように、因果にも応報にも遅速があることを忘れてはならない。」深いお言葉です。

 

8)「原因結果の法則」があります。日本では「因果応報」と言いますが、因果にも応報にも遅速があることを、我われも知らなければればなりませんね。とにかくうまくいっていれば、どう慎むか!逆ならば、如何に学ぶか?です。

 

9)しかし、月は満ちて満月になれば、次は欠けていくのです。以前、京都の「社長塾」で「満ちて溢れず」のテーマで、妙心寺で執事長をしている私の友人が講演をして下さいました。この言葉は確か「詩経」だったと思います。

 

10)今、欠けていれば、努力さえしていれば必ず満ちる時が来ます。これが「原理原則」であり、この原理原則を知れば、企業経営で決してぶれることはありません。第14期社長塾が近づいてきましたが、少し緊張しています。

 

11)私の第一講座も第三講座のテーマも、「論語と経営」であり、レジュメは一応完成しました。「仁義礼知信」の経営は、我々が目指すものであり、常日頃心がけていけば、間違いなく企業は永続します。残り4名になりましたが、昨年と同じ人数で開催できればと思っています。

 

12)さて、今日は朝9時から「理念と経営」経営者の会の正副会長会議、10時から午後4時まで47名で常任会議です。今年から、会長を芝寿しの梶谷さんが選挙でえらばれ、今別府さん、大秦さん、高橋さん、景山さんが副会長に就任され、島さんが専務理事、大島さんが監査役、水野さんが事務局長という層々たるメンバー構成で、11年間の私の背中の重荷がとれました。

 

13)やはり、研修では大きな声で偉そうなことを言っていますが、いざ、月刊「理念と経営」になると、発行人として小さくなります。発行人と専務理事で板挟みとなり、この11年間は本当に辛かったです。お金儲けで行ったものではなく、会員企業様や、ご受講生の方々のOJTとしての教材として発行しましたが、11年間は修行でした。

 

14)月刊『理念と経営『から学び、それを応用して人財育成やコミュニケーションのツールにしてくださればいいのに、発行人だけに、強く勧められません。ファシリテーターさんは非常に上手にご活用くださり、それを業績にもつなげています。

 

15)過日の「何故人は辞めるか?人手不足から良い人財を育てて定着させる1日セミナー」の道頓堀ホテルさんも、土木関係のアンカー職人さん仕事をしている水谷工業さんも、見事な活用をされており、400名近い方々が驚いていました。やはり、心から社員さんを愛していなければビジネスはうまくいきません。仁義礼知信の経営しか人は育ちません。

 

16)私は書物を読むのが大好きでしたから若い時から抵抗なく学びました。17歳で読んだ本、18歳、19歳、殆んどタイトルと、強く心惹かれた文章は今でも忘れません。「読書の量と涙の量と努力の量と理想の高さで人生も経営も決まる」と、昨年の第13期社長塾のはじめ(昨年の3月)に、2時間講義しました。因果にも応報にも遅速があるのです。

すぐに結果は出ません。善い事をしても、悪いことをしてもです。しかし、遅かれ速かれ報いはきます。だから努力するのです。

 

17)良い会社様は、社員さんに毎月本を与え学ばしておられます。理念と経営・社内勉強会は、教育とコミュニケーションのツールです。社長が真に働いている人を大事にされている会社様は、多忙な中を赤ペン先生をされ、経営感覚を身につけさせるとともに、彼等を経営に参画させています。社長はテクニカルなコミュニケーション能力ではなく、「仁義礼知信」のコミュニケーションがいるのです。

 

18)「理念と経営」経営者の会の役員さん47人が侃侃諤諤とディスカッションをして下さり、どのように理念経営を啓蒙するか、そのためのツールとしての月刊『理念と経営『をどう普及するかなど、長い時間ご貢献頂き感謝申し上げます。

 

19)皆様方全員がTTコースを修了されていますから、遠慮会釈なしの激論になる時もあり、手を合わせるような感動でした。まさに、私は今日からが真の「創刊になる!」という実感を抱きました。誠に誠にありがとうございます。

 

20)ある先生は「田舞さんね、理念と経営という本が売れるわけがない。せいぜい5000部で大赤字になる!」と断言されました。一年間は20周年記念として、会員企業様1万2500社に無料で一年間感謝の贈呈をさせていただきました。儲けようと考えていたら、絶対に出来なかったことです。

 

21)松原社長にも、取締役にも、「どんな企業でも利益をあげて我々が模範にならなければいけない!」と、言っていますが、利益が先になってはいけないのです。箕面「学問の道・時習堂」や、「箕面加古川山荘・明徳庵」も、月刊『理念と経営『も、損益面からみれば、やらない方がいいのです。しかし、企業の社会的責任や義務を果たす志がいるのです。

 

22)節約して、外の事を犠牲にしても、日創研とは何か?我われの志は何か?を問いかけ、形にしてご恩返しがいるのです。今日は東京行の新幹線で、武蔵境自動車教習所の高橋会長と、コア・コンピタンス経営発表大会のプレゼンテーターである、関根社長とご一緒に色々な話をしながら東京につきました。10月には「シリコンバレーに学ぶ企業成長と世界の展望一日セミナー」を開催します。 高橋会長は何度もシリコンバレーに行かれ、成長・発展の刺激をたくさんうけておられます。

 

マーク加藤さんにお願いして、私も含め3人でサテライト11カ所の方々に、世界の発信地・シリコンバレーの実態をお伝えします。梶谷会長・副会長・専務理事・監事・地区会長・事務局長の皆様、「理念と経営」経営者の会よろしくお願いします。

 

ヘーゲルは、

「偶然的なものとはホコリみたいなもので、田舎にも町にも舞っているが、田舎や町を本質的に変えはしない」と示唆しています。

更に月刊『理念と経営『の内容を充実させて、早く5万部にしたいと思っています。今日は感謝・感謝の一日でした。

 

田舞徳太郎

 

親愛なる皆様
お元気ですか。


●今日の教訓『いつも求めんといかん』

「幸之助は自らの意志で生きた人でした。妥協を嫌がりました。
 納得するまで考えている様子を、何度も見ました。
 今思いだすと、その姿は真実の答えを求める必死の姿だったと思います。
「君な、人間は求めんといかん。求めて求めて悩むことや。そうしていると自然と道がひらけてくるもんやな」。
 幸之助の言葉が今でも聞こえてきます。

                                    木野 親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の三六五日)


メールの返信が出来ていません。お許しください。
経営相談は浜本までお願いします(06?6388?7741)

1)
田舞塾が無事に修了し、M社様への適切なアドバイスやご提案が出来たように思います。
ケース・メソッド授業の素晴らしさと、色々な視点から見た経営革新のディスカッションなど凄い研修です。


2)
特に函館のラッキーピエロの王社長の講演と質疑応答は圧巻であり、未だ興奮冷めやらぬ気持ちです。
M社様のM社長も真のコア・コンピタンス経営とは何か?を学ばれ、さらに深められると思います。
M社長は、自分だけの成功に酔わずに、真剣に社員さんの人生を考えていました。


3)
いつも教育ケースをご提供下さる方々に感謝しておりますが、田舞塾でケース・メソッド授業を行なった企業様が、
東京証券取引所の一部に3社も上場されていることも、我々の誇りとするものです。
アイ・ケイ・ケイの金子社長様、阿波製紙の三木社長様、ハウスドゥの安藤社長様、皆様業績も順調です。


4)
スタンフォード大学に参りました折、どこから学ぶべきか本当に苦しみました。
手探りの1か月半後に、鹿児島の今別府さん、宇都宮の前田さん他、たくさんの方々が応援に来て下さいました。
平山総リーダー他、当時のファシリテーターの方々に買って頂いた自転車のパンク事件も今は懐かしいです。


5)
伊與田覚先生が、私の長男の質問に対して、
「人間の勉強には二種類ありますよ。
 一つは問学(もんがく)と、もう一つが求道(ぐどう)です。
 問学は知識などのことを言いますが、道を求める気持ちが無ければ何の役にも立ちません。
 求道が大事なのですよ・・・。と、親子で大きく「気づき」ました。


6)
経営者は誰よりも道を求める気持ちがなければなりませんし、その道も永遠に手には入らないのです。
今回の田舞塾で、改めてスタンフォード大学のウィリアム・バーネット教授にお礼を申し上げます。
このように、日本の国で中小企業の活性化のための授業が出来るようになったことは、最高の喜びです。


7)
大阪で経営理念塾が始まりましたが、初めてのサテライト研修です。
各センターに大型スクリーン二台を設置し、前日に模擬練習をしました。
各センターの参加者が一丸となって発表したり、質問をとったりします。ワクワクと同時に緊張です。


8)
この経営理念塾も、ビジョナリー・カンパニーの著者のジェリー・ポラス教授の教えが効いています。
ジム・コリンズ教授とはお顔を合わせる機会がありませんでしたが、私の理論的背景の大きな部分を支えて下さいます。
たくさんの方々が集まられ、今までにない多人数の経営理念塾になりました。(今回から一時間延長しています。)


9)
毎回、熊本駅構内タクシーの稲葉社長に応援頂いていますが、
添削をお一人で受け持って頂き、この場を借りてお礼を申し上げます。
今回は北宋時代の「二程子物語」を読んでいて新しい発見がありました。
理念の「理」の定義です。理気二元論を読みながら、「なるほど!」と大きな気づきがありました。


10)
と同時に、経営観の「観」の定義が深まりました。
Theマスター・コミュニケーション6か月プログラムでも宿題で取り上げていますが、一つひとつ深まってきています。
すべては恩師からの学びが、閃きになってくるのですね。


11)
さて、2月23日のカンブリア宮殿(テレビ東京系)に、エコリングの桑田社長が出演されます。
TTコースで方針発表の折、
「桑田さん、このビジネスモデルの発表は今日で最後にしなさい。他が真似るよ!」とお伝えしました。
現在は年商120億円の企業にまでなられました。ぜひ、見て下さいね。


12)
現在は、色々な人たちがリサイクル・ショップのビジネスモデルを真似て、全国各地に広がりました。
しかし、時代は変わり、既に次の新しいビジネスモデルを構築しておられます。
リーマンショックでは大変な目に遇われましたが、
三社の経営者の方々と、日創研の二階に会議室で真剣にディスカッションした事を思い出します。
桑田社長は素直で真剣に生きておられ、可能思考能力の強い人です。大きな危機を乗り切りました。


13)
すべては、可能思考能力が決め手になると思っています。
理論理屈ではなく、最後まであきらめずに挑む「心の有り様」を根底から鍛え上げなければなりません。
先般のTheマスター・コミュニケーション6か月プログラムでは、
ポジティブ信仰と可能思考能力の違いをお伝えしました。


14)
可能思考能力とは、気づきの能力を言います。基礎コース(SA)のSは「自己」、Aは「気づき」の事です。
単に何かに気づくというような浅いものではなく、日本を代表する西田幾多郎先生は「反省と直観」だと述べています。


15)
当然だと思いがちだったことを、本当は「心から感謝すべきだったこと」と気づくのです。
ポジティブ信仰とは、反省が浅いということです。全体をみる目も狭く部分最適になりがちです。
企業経営にも人生にも、必ず栄枯盛衰が待っているのです。
自分一代で安易に生きていくようでは、まさに小者と言えるでしょう。


16)
順調な企業経営などは続くはずがなく、創業100年を超えて永続しているのは、約1%しかないのです。
絶えず気づき、経営革新をしなければなりません。
社長や幹部は四六時中経営に没頭して、まさに、社員さんを守るという気概がいるのです。
その気概を日創研では、可能思考能力と定義づけています。


17)
だからこそ、業績も上がり、社員さんにたくさんの賞与やお給料を出すことが出来るのです。
論語には「小人閑居して不善を為す」とありますが、
志の低い社長や幹部や社員に余分な時間を与えると不善を為すのです。


18)
小さな企業の方々は小さく固まり、そこで満足してはならないのです。
絶えず、可能性を信じて、未来に明確なビジョンを持つことが「可能思考能力」です。


19)
日本のGDPの約60%を占める個人消費はまだまだ上向いていません。
しかし、可能思考能力を持った企業は、ここぞとばかり「経営革新」をして、増収増益を果たしています。
日創研では川本相談役や松原社長が、方針として「気づきの文化と可能思考能力の高い社風づくり」を掲げています。


20)
我々日創研が模範を示すと、松原社長以下全員が知恵を絞り、次々にイノベーションをしていきます。
そのためには、まずマインドのイノベーションが第一だと決断し、全社員さんが基礎コース(SA)を再受講します。
そして、製品(研修の教育カリキュラム)のイノベーションの準備を次々に打ち出していきます。


21)
私も新しい研修を創るべく構想を練っています。
「マインドセット(心の有り様)一日セミナー」「GRIT(やり抜く力)向上一日セミナー」など、
様々なコミュニケーション・プログラムと同時に、講師の派遣計画を立てています(昨年実験済みです)。
現在、働き方改革が議論されていますが、日創研でも時短を進めています。


22)
日創研の研修の根底は、
1.SAで気づき
2.自己を変革し
3.それを職場で実践する力
つまり「可能思考教育」を大事にしています。

4月から30TTコースが始まりますが、こうした一連の可能思考能力を涵養して、次に職能教育に繋げていくのです。


23)
どうぞ、基礎コース(SA)の再受講や、具体的な派遣計画をぜひ立案して下さい。
これからは、事実認識と経営革新のための可能思考能力が重要です。

今日は、第23期起業家養成スクールの息子たちと、必死に努力される社長が数組参加されていました。
社長塾もお陰様で100名を超えました。ありがとうございます。

田舞徳太郎

 

1)
先日、作曲家の船村 徹先生がお亡くなりになりました。
大衆を愛し、大衆と共に歩まれた先生のご冥福をお祈りします。
若い時の辛い日々を乗り越え、立派に世に出られましたが、
高野さんという相棒の作詞家を肺結核で26歳の若さで失い、心が折れそうになったそうです。


2)
失意のどん底におちて、その親友を生涯忘れずに、
お話の中では必ず早逝した高野さんという親友との思い出を語っておられました。


3)
月刊『理念と経営』にもご登場を頂きましたが、「別れの一本杉」の哀愁のあるメロディは若い頃に大好きでした。
特に、私の貧乏暮らしの最中にヒットした故・村田英雄さんの「王将」には、歌詞と共にメロディにも励まされました。


4)
「吹けば飛ぶよな 将棋の駒に 賭けた命を 笑わば笑え・・・」将棋に人生を懸けた故・阪田三吉さんの境遇に共感し、
私自身も「今に見ていろよ!」と、随分鼓舞されたことを思い出します。
心理学では言語的説得性と言いますが、こうしたちょっとした歌詞にも、戦後生まれの我々は涙しながら支えられてきました。


5)
どんな人生にも、努力しても努力しても報われないことがあります。しかし、どんなに報われなくてもあきらめませんでした。
戦後生まれの我々は、あきらめかけるとこうした言語が頭をよぎり、「やっぱり頑張ろう!」と挑戦してきたのです。
言語的な説得は、短歌や詩や格言にも見出していました。言葉を支えにしたのが昭和の時代でした。


6)
時代の風潮は、豊かになった今よりも日本人の多くが随分苦労していた頃です。
大衆を励まし、大衆の心をとらえ、大衆を鼓舞して、大衆に夢を与えました。
何かに飢えていたせいか、我々は一つのメロディからも「勇気」を感じる力がありました。


7)
今の時代は、自らが起き上がる気力が失われているように感じます。
しかし、どんな時代にも誰もが究極は「独り」なのです。自らが起きる気持ちがない人を誰も助けません。
また、お一人「昭和の哀しみ表現された人」が旅立たれました。享年84歳ですが、私もあと12年で同じ年齢に達します。


8)
先週の田舞塾は、初日に函館の「ラッキーピエロ」の王社長の講演と質疑応答でした。最高に感動しました。
昨年末の「経営革新セミナー」で事例研究でお話しましたが、月刊『理念と経営』の2月号でご登場頂いています。


9)
王社長は74歳ですがお元気で、10年後、20年後の売上まで明確です。
1.社員さんの幸せ、2.お客様の満足と、3.社会への貢献、その他は一切考えておられません。
74歳である面「悟り」の境地です。理念と戦略には微塵も隙がなく、多くの視点を持っておられます。


10)
王社長は「自他一如」と述べられましたが、この言葉は、恩師・田里亦無先生に、
鎌倉の坐禅修行でいつもいつも聞かされ教えられた言葉です。
道元禅師は、この境地になるまでには四段階を経なければならないと正法眼蔵で述べています。

11)
第一段階が「布施(人々に対する施し)」
第二段階が「愛語(愛のある言葉)」
第三段階が「利行(他人を利する)」
第四段階が「同事(自他の区別を立てないこと)」です。

12)
この一つひとつの段階の後に「たくさんの文章があります」が、
自他一如の王社長のお言葉で、私の心に火がつきました。
田舞塾の皆様へは、少し多弁になったことをお許しいただきたく思います。


13)
中小企業でも、これだけご立派に経営されておられます。我々の企業経営は突き詰めれば「利他行」が基本です。
また、非常にサイエンス(空理空論ではない)で、外部環境を見据えながら、何が原理原則かをお話し頂きました。
まさに、コア・コンピタンス経営の真髄です。今別府さんはしっかり認識されていました。


14)
さて、翌日はM社様のケース・メソッド授業でしたが、
業績アップ上級コースでコア・コンピタンス経営を10年かけて学んでおられます。
業界ではターゲット市場を明確にし、コンプライアンス順守と従業員満足のために資金を使っておられます。
今後は、我々中小企業は厳しい時代を迎えますが、学ばない人がいると「企業の存続」はありません。


15)
昨日は、芝寿しの梶谷会長にメールを個人的にお送りしました。
NHKの「ファミリーヒストリー」を見て感激し、
下記のメールをせずにはおれませんでした。


16)
以下、本文(原文のまま)。

昨日は、NHKを見ました。映画俳優の奥田瑛二さんの父方や母方の祖先を辿る番組です。

人生の不思議、命の大切さをこの「フアミリーヒストリー」を見ていつも感じます。

今回は特に感動しました。三代とも仕事は異なり葛藤もあるのですが、父方の曽祖父は豊かです。
ところが、祖父は貧乏な百姓でたくさんの借用証書が残っていました。画面に映し出されました。
自分の弟や妹の面倒までみて、6人の子供を立派な人間にするために教育費で苦労するのですね。


17)
祖父は愚痴もこぼさないかわりに、何かあると畑や山を見ながら、一人でぽつんと考え込んでいたそうです。
映像で見るとリアルで、臨場感があり思わず涙が出ます。
昔の親は孤独を偲んで、貧乏に耐えながら、子供に対する慈愛と責任の自覚があったのですね。
映像で映されますから、私も父を思い出して他人事とは思えませんでした。


18)
その祖父は長寿のお祝いの時に次のような和歌を詠んでいます。

「土に生き 自然と共に よろこびの 齢(よわい)を重ね 今日の喜び」


19)
この和歌が画面に映し出され、思わず号泣したくなるような気持に襲われました。
祖父は子供を立派に育てますが、その長男(奥田瑛二の父)は途中学徒出陣です。
戦争の映像が流れてくると、私などは戦後生まれですが先人のご苦労に心が痛みます。

昭和19年、中国の河南省へ出兵し、終戦後捕虜となり音信不通の身になるのです。


20)
祖父も祖母も心配しながら、傍ら「必ず帰る」と希望を持って、帰国後の嫁探しまでします。
逆境の中にいても昔の方々は骨太だったのです。
何かあるとストレスなどという安易な輩(やから)に見せたい番組です。

一人一人が自分の運命を切りひらく姿に、
現代との大きなギャップを感じ「日本人とは何か」を考えさせられました。
無事に帰国した長男は祖父の勧めでお見合いをし、奥田瑛二の母「加藤はま」と結婚します。
そして、戦争から帰還した豊は子供(奥田瑛二・本名豊明)の教育に厳しかったようです。


21)
ある時骨折した息子(奥田瑛二)に、杖を与えて小学校に無理に行かせるのです。
厳しくとも「耐える環境」がその時代にはあったのでしょうね。
映写される映像を見ながら、涙を流す息子の「奥田瑛二」にも感動しました。


22)
父豊は自分が小学校しかでていないので、同じ小学校出の田中角栄さんの総理大臣就任に喜びます。
そして、自分もその影響を受けて市会議員に当選するのです。しかし、父と奥田瑛二の確執が起きます。
父は後を継いでほしいと願いますが、
長男豊明(奥田瑛二)は俳優を志していました。父の勧めで丹羽兵助代議士の書生となりますが、
自分の志をもっている「奥田瑛二」は俳優志願で逃げ出します。


23)
奥田瑛二は天知茂の付け人になりますが、俳優では飯が食えず、アルバイトで稼ぎ、
時には貧乏のどん底に落ちて、水で三日間の飢えを凌ぐところまで追い詰められます。

必死であがき、苦しみ、挫折感に打ちのめされますが、俳優の道をあきらめません。


24)
アパート代まで払えずに野宿までして自らの志に向けて闘いますが、哀れな息子を陰ながら支えたのが、
お母さんの「はま」です。父親に隠れて仕送りをしていたと言います。
「小学」にも、「孟子」にも、古典には「夫婦別あり」という五倫の教えがありますが、

まさに父は厳しく、母は隠れながら優しく子供を見つめ続けたのですね。


25)
男三代・それぞれに生きる道は違いますが、貧乏な祖父を支えたのも、
父が成功するまで耐え忍んだのも、奥田瑛二が立派な俳優になれたのも、
陰に女性の支えがあったようです。

前回の田舞徳太郎通信では「成立と覆墜(ふくつい)」に関して、いかに子供の教育が大事かお伝えしましたが、
自分一代だけの人生しか考えない現代、我々は自分の生命を与えてくれたご先祖様に感謝ですね。
「家」とは何か、家族の歴史には隠された涙が数多くあります。
楽(らく)して生きた三代はなく、我々は子孫のために学び努力をしなければと思いました。


奥田瑛二さんは色々な役を演じる大好きな俳優の一人ですが、
その演じる役の重たさは、長い下積みで磨き上げた内面から出てくるものがあるのでしょうね。
THEマスターコミュニケーションでは、次の講義で人間の内面の深さはどう出来上がるのか?
身体的記憶と、知能的記憶という観点から講義します。

苦労なき人生に「Enforcement(強制・人格の力)」は生まれません。
今日は原稿のためにリーガロイヤルホテルでこの返信を打っています。
今日は梶谷さんのお父様とお母様、今別府さんのお父様、平松さんのお父様にお線香を上げ、
般若心経をあげて、起業家養成スクール生や、会員企業様のご発展を祈願してきました。


私の現在があるのも日創研があるのも皆様のお蔭です。感動のあまり拙文になりもうしわけありません。

吾身の富貴は父母の積善にあり、
子孫の富貴は吾身の勤労にあり、
年々歳歳報徳を忘るべからずですね。

 本文はここまで。

田舞塾初日の後に親友と一緒に楽しくディスカッションしました。
梶谷会長や皆様方、王社長様と次の後継のお嬢様にも感謝申し上げます。心からご成功をお祝いしたいです。


田舞徳太郎

プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

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